私が最も敬愛する一人の男性の奇跡のような人生を紹介します。
キャッチ画像にもある、その男の名前は、ハーランド・デヴィッド・サンダース。
愛称はカーネル・サンダース。
そう、世界中で親しまれているケンタッキーフライドチキン――KFCの創業者です。彼が最初から成功者だったかというと、全く違いました。そんなお話です。
サンダースは、幼い頃に父親を亡くし、10歳のときには家族を支えるために働き始めました。学校にもまともに通えず、生活のためにさまざまな仕事を転々としました。
農場労働者、路面電車の車掌、軍隊、鉄道員、保険のセールスマン、タイヤ販売員、ガソリンスタンド経営――
どれも長続きせず、人生は失敗と苦労の連続だったのです。
そして彼が40代のときに始めたガソリンスタンド、その一角にたった6席の小さなレストラン「サンダース・コート&カフェ」を開きます。彼が自ら腕を振るい、特製のスパイスで仕上げたフライドチキンは、地元で少しずつ評判になりました。
「サンダースのチキンはうまい!」そう言われるようになったのです。
絶好調だったカーネルはモーテル(ホテル)、「サンダース・コート&カフェ」を開業します。きめ細やかなサービスと自慢の食事で人気を集め、2年後には2軒目「サンダース・コート・イン」をオープンします。しかし1939年11月、1軒目のモーテルが火事で全焼。
その後レストランを再建し「11種類のハーブ&スパイス」「圧力鍋を使った秘伝のレシピ」が完成し繁盛します。
しかし、運命がまたしても彼を突き落とします。新しく建設された高速道路の影響で彼の店を通る客をすべて奪われてしまい
店は閉店。
家も売り払い、残ったのは
わずかな年金と
たったひとつ、心から信じることができる『フライドチキンのレシピ』だけ。
普通ならここで諦めるでしょう。
「もう歳だ」「もう無理だ」
そう思っても、誰も彼を責めなかったはずです。
でもサンダースは違いました。
65歳。
彼はたった一人で立ち上がったのです。
「このチキンは、きっと誰かの人生を豊かにできる」
そのたった一つの信念を胸に、サンダースは愛車に乗り、アメリカ中を旅し始めました。年金暮らしで資金に限りのある毎日、モーテルに泊まるお金もない夜は、車の中で寝ました。時にはお金が尽き、空腹に耐えながらレストランのドアを叩き続けました。
「このレシピを試してみてほしい」
「もし気に入ったら、売上の一部だけでいい。ロイヤリティをもらえたら、それでいい」
しかし待っていたのは、冷たい拒絶の嵐。
「うちにはいらない」
「こんなもの売れるわけがない」
断られた回数、1009回。
誰もが「無理だ」と言った。
彼の年齢を見て笑った。
彼の夢を、馬鹿にした。
でもサンダースは、歩みを止めませんでした。
彼の心には、こう刻まれていたからです。
「人生で一番大事なのは、どれだけ早く成功するかじゃない。 どれだけ諦めずに、夢を信じ続けられるかだ。」
そして――1010回目のチャレンジ。
ようやく一軒のレストランが、彼のチキンを受け入れてくれたのです。
そこからすべてが変わりました。
口コミは広がり、フランチャイズの輪は広がり、
サンダースが70歳を迎える頃には、アメリカ中、世界中にKFCの名前が広がっていました。
彼の物語が教えてくれること。
それは――
「人生に遅すぎるということはない」
ということ。
夢を持つのに年齢は関係ない。
挑戦するのに、若さは必要ない。
信じ続ける勇気さえあれば、人は何歳からでも未来を切り開ける。
カーネル・サンダースは、
その人生すべてをかけて、それを私たちに教えてくれたのです。
今、あなたがもし壁にぶつかっているなら、
もし、誰にも理解されずに苦しんでいるなら、
カーネルの顔を思い出してください。
65歳から始めた男が、世界を変えたということを。
諦めずに、歩き続けましょう。私もそうしたいと思います。
最後に数あるカーネルの名言の一つを紹介します。
私がやったことなど、誰にでもできることだ。
ポイントはただ一つ。
心から「やろう」と
思ったかどうかである。
心が思わないことは、絶対に実現できない。









